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書塾花紅 増築改装工事

施主は書家として10年以上にわたり創作活動と共に書道教室を営んでいる寧月氏である。

大田区池上の地で営まれていたその教室では氏が学生時代に専攻した教育学の知見や体験を元に、書道を通して何かを学び、自身が表現することを主としており、地域に根差しながらも教室では日々小学生から大人までが各々が各自の題材に向かい筆をとっている。

 

住宅街の一部屋を敷地とした本件では、日常生活と共にある書道教室は何だろうと私も先ずは書道教室に参加した。多くの書に関する書籍や教本を眺めながら手本を並べて筆をとると、そもそも文字の再現が容易ではなく、わずかな力の強弱や些細な姿勢の違いで文字が変容していく様に思わず無心になってしまった。書いては眺めを繰り返しているうちに時間は過ぎ、ふと隣を見ると私の隣では少女が墨絵を描いていた。私自身も小学生1,2年生の頃に那覇市の小さな書道教室に通っていた記憶があり、彼女の記憶にもこの教室の存在は残るであろうことをぼんやりと感じた。

 

寧月氏や生徒さん方の振る舞いを観察し、検討をするにあたり先ずは書に集中できること、そしてふと顔をあげた折に小さな周囲の変化に目配せできること、ある住宅街の日常から少しだけ手を伸ばしたような教室になればと考えた。何より書道という言葉がもたらす通例の装飾的な連想はこの場所では重要ではないように感じた。

 

家屋は四半世紀前に竣工した住宅メーカーによる2×4住宅である。施主家族の手入れの賜物で状態も良く、当時の図面資料等も保管された法的整理も可能な状況であったため、既存建物とエキスパンションを設けて新たな玄関と小上がりを増築する計画とした。一方で住宅地の増築でもあり隣接建物への圧迫感が生じないよう、隣地壁面に揃える形で新たな壁面位置を設定し、既存バルコニー下に屋根を納めて増築したことが分からないような建ち方を目指した。

 

平面計画は既存住宅の構成を踏まえ、南側から増築部を含めた各室4つの壁面で空間の設えを変える計画とした。

従来の2×4住宅の筒状の構成を活かしながら設えによる教室での振舞いの変化と窓から差し込むひかりの奥行による場の変容を享受することを意図している。原設計が続き間の和室であったため、既存窓の障子や襖戸は再利用しながらも多様な創作活動に対応できるよう、床の間等の造作は撤去した。

新たに設けた南面の掃出し窓は内外一体のコミュニケーションの場としての活用を意図している。

 

内装計画は書道教室がこれまで古民家や和食店の広間等を活用しており、地域がもつある種記号的とも言える文脈と親和性を保っていたため、その文脈を一旦受け止めながらも、床面一面を張り替えることで、場の質を更新することを目指した。各所に用いた天然木は木場の材木屋に通い選定し、ケヤキの無垢板を現場にて採寸し使用している。

教室の表札はグラフィックデザイナーの丸山智也氏にデザインをして頂き、寧月氏の書をデジタル化し、墨のもつ滲みや濃淡を幾度となく調整しながら、モックアップ作成を幾度か経て制作している。

表札は硯石として書に馴染のある雄勝石を使用し、繊細な文字と石の素材感を活かしている。

写真は写真家の山本あゆみ氏に撮影をして頂いた。

山本氏はライフスタイルをはじめとした題材を多く撮影をされているが、ご自身の写真家活動や写真集を拝見すると写真に描かれる自然光をはじめとする光の描写がとても印象的であり、その視点のままに寧月氏と生徒さん方が日々を過ごす書道教室の1日をなぞるように、丁寧に撮影をして下さった。

 

本件のように当初想定された核家族を対象とした戸建て住宅はその後の家族自体の変容によって、部屋名のみが残され空白の間となることも多い。一方それらはある種の内包されたゆとりもいえ、今日ではその時間の経過とともに空間的寛容さを享受する恩恵に我々はあずかることができるとも言える。当時企画・規格化された住宅を読み替え、ほどいていくことは安全性や法的整理は前提としても、その場の在り方を見直し、新たな活用につながる契機となることを実感している。

 

月並みではあるが、私はかねてから藤原定家『詠花鳥和歌各十二首』が好きで、折をみて博物館で拝観している。十二の月を題材とした詠歌と画が間とともにある様は、事物の調和の在り方としてよいなと常々感じているところでもある。私個人としては寧月氏のこれからの創作活動がより充実したものとなること、教室に通う方々が周囲の些細な変化を享受しながらも書に向かい、したためながらも日々彩られた月日を重ねていくことを願っている。

・所在地:東京都大田区

​・用途:住宅

・構造:木造

・延床面積:増築部 9㎡

・竣工:2024年

・施工:水雅

・サイン:マルヤマデザイン

・撮影者:山本あゆみ

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